2008年07月04日

DAY601

 来た来た。エンタープライズ・サイトーからのこちらの内容証明に対する回答書。

 その内容は「確かに2006年12月に土地建物を取得した。賃貸契約を回復したい。取得当時は貸借人(TODO O MUNDOのこと)の存在は知らなかった。よって、2006/12〜現在までの家賃288万を7日以内に支払え」とこんな内容である。まあ、話がはじまってからDAY600であるから、18ヶ月だし、そんな金額になるよね。

 ただし、事実関係を明らかにしておくが、2006/12〜2007/5までは家賃は払っている。前所有者の「オー・イー・シー」に対して払っている。そこから曾根崎コア担当の荻野氏に、二重家賃の件で相談し、曾根崎の家賃は免除されたのである。曾根崎コアの荻野氏は土地建物がエンタープライズ・サイトーに売り渡された旨のことはこちらには告げてはいない。実は2007年1月か2月にも一度トドムンドの2階で立ち退き代の会合を持っているのである。。

 と、いうことは、現在の当事者である、ラフレシアとエンタープライズ・サイトー間のこじれの源である、曾根崎コアにもご登場いただかねばなるまい・ということになる。

 
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2008年07月03日

DAY 600

 こっちの方、滞っていた。

 でも、少し動き始めている。こちらからアクションを起こしている。下調べもした。今の所有者に「内容証明」を送った。今の所有者とは「エンタープライズ・サイトー」という会社である。2006年12月にここの土地と建物を買い取ったにもかかわらず、何の連絡もして来ず、したがってこちらもそんなことは全然知らず、そして曾根崎コアからもそういった連絡もなく、約半年、2007年5月まで曾根崎コア関連会社である「OCE」という会社に家賃を払っていたのだった。その時は中津の店舗を既に借りていたから、2重家賃を払うことの負担を軽減する為に、曾根崎コア担当者に連絡して、この一連の問題の発端は曾根崎コアの最初のアクション(2006年12月の話し合い@TODO O MUNDO)での2007年の3月辺りにデッドエンドストリートを解体するという旨、そして立ち退き代の具体的な提示であることから、トドムンドの家賃を免除する依頼をしたところ、曾根崎コアはOKしたのだが、それもおかしな話なのだ。というのは、その当時すでに「エンタープライズ・サイトー」が家主だったのだから。

 2008年四月に突然「エンタープライズ・サイトー」がトドムンドにやってくる。そして家賃の不払いを叱責する。連絡先を置いていったから、連絡し、こちらの自宅電話番号を教えるが電話はかかってこない。そして前記の内容証明と続くのだが、それに対しても反応なし。

 さて、どうしたものか。

 事実を書き続けてみよう、と思っている。
posted by Dead End Dweller at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

DAY10

 先日の月曜・休みのトドムンドを開け、そこで地上げ屋氏と初会合。立退料は「あん」の例を出し、これが相場です・と言い、これで納得していただければ・と言い、保証金250万を手つかずでお返しして、トータル一千万という金額を提示してきた。

 それはいいけどね、と、合意したわけではないからね、とおれはこの生活と自由と友情の場を潰す「大義」を訊いた。おっさんは答えられなかった。大家までクリアになったら店子への「説明会」を開いてくれるようにお願いした。おっさん・口を濁しとった。早ければ3月には・・・と言う。「ちょっとまってよ〜」だ。

 TODO O MUNDOは2007の8/1で10周年を迎える。ケジメなんてつけることをあまり好まないタチなのだが、思えばいろんなことがあり、その間に地球は太陽のまわりを10周したかという感慨は少なくとも味わいたい。何よりもミーツの記事のフォローが要る。載ったわ・潰されたわ・では自分の・ミタキの・みんなの顔が立たない。

 大義なき、ただ決めたから・という「惰性」による街の破壊。破壊される側に立つというなんて(破壊する側も同様だが)予定はなかったのよ。いきなりモードはネゴシエイションなのだが、その前提が異なる場合にネゴシエイションって成り立つの? まあ冷静に冷静に・と自分に言い聞かせるしかないのだけども。
posted by Dead End Dweller at 13:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

DAY9

 ハイボール・マスターからの情報。X-DAYは来年の2月だって。早すぎるやんけ・それ。早すぎるよ。
 ノー・コンタクト作戦ももう限界かもしれない。自分の目と耳で確認するフェイズに入った感がある。
 ハイボール・えのもと・ナチュリラリー・おみつはすべて曾根崎不動産の管理下で、おれんとこだけが、チョクで地上げ屋管轄である。いうまでもなくデッドエンドストリートのランドマークはトドムンドである。そこがなくなれば話ははやいだろうな・なんてことは素人でもわかる。今・曾根崎のことを1/1発売のミーツに記事にしようとしているのだけど、1月まで「モって」くださいね・という担当者のジョークがジョークでなくなる・みたいなことも考えられる。

 ちょっとのんびりしてられなくなった・と思う。
posted by Dead End Dweller at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

ファースト・コンタクトon DAY8

 曾根崎コア再開発がトドムンドに来た。N井が対応したみたいだが、向こうはこちらからのコンタクトを求めてる。やっぱ、自分の持ち物だと言いやすいし・やりやすい、っちゅうことかな。さーて、どーしよーかな?
posted by Dead End Dweller at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

DAY7

 曾根崎デッドエンドストリートの各店舗に関しては土地所有者・TODO O MUNDOに関しては大家でもあった方から突然の封書。

 11.8付けで土地売り渡したってさ。土地を押さえられて、さておれたちどうなっていくのか?

 こんなことは未経験であるからなんとも言えず、さてどーなるものか? まずは向こうの出方をみるしかあるまい。ソファーもイームズのテーブルも買ったとこだったのだがね。

 大きな流れに逆らうことが延命になるとして、それがどの程度の「意味」があるのかを目を凝らして見ていかなければいかんのだけど、ほらね・物事っちゅーのはね・このようにね・ヒトが一番ね・パワーがね・なくなってる時にね・連鎖してね・起こるものなのよ・ね。

 まあ・こんなことは隠していても時間の問題でみんなにわかることであるから・この場合はディスクロージャーが正しいのだが、この・経済性にそぐわないからといって歴史を消すという暴挙に加担はしたくないが、加担しないためには、はっきりいうと、TODO O MUNDOの10年弱の歴史はもとより、それはおれのアタマをスルーしての話だが「曾根崎心中」の舞台である露天神社(お初天神)への妄想とも言える自分の「愛」というものがやはり今イチみなさんには伝わりにくかったのか・という反省も込めて言うとするなら、「とにかく・みなさん・TODO O MUNDOへNaturallyへ来て!!!」ただただ長く続くものだけがいいとは思わないが、10年弱と言えば、ある種の習慣化したものも体内に抱えているわけで、それがなくなることに対する「喪失感」を想像するに誰に一番のダメージをもたらすかというなら・そんなもん決まってるわけで、これまでも4匹の猫を10台のクルマを喪失してきた身としてはまあ耐性はある・とは言え、ダメージに変わりはないのである。TODO O MUNDOをやるという意味でおれもいろんなことを犠牲にしたが・もちろん得る所も大きかったのだけれど、そんな外部の意図によってオレのこの「高尚な」理念が踏みにじられるのは口惜しいじゃないか(ややヒロイックに聞こえるかもしらんが・しらんね・ま・いいじゃないか・言わせろよ・そんぐらい)。

 まだおれはその「株式会社オーイーシー」とやらとはノー・コンタクトであるから、どんな人間がどんなことを言って来るのかまだ知らない。ただ、曾根崎デッドエンドストリートの運命の具体化のようなものが本日ありました・ということなのである。いいものをいいというには・ヒトの後押しが要る。そんな意味もコミでもう一度「みなさん・TODO O MUNDOへNaturallyへ来てちょーだい!!!」

gina2.jpg「て・いうかワタシはどーなるにゃー?キジこも」
posted by Dead End Dweller at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

DAY6

 久しぶりに店に行く。ミタキんとこへ上ろうとするとおみつのママが「珍しいな」と声を掛けるから、一杯だけ。
 おみつにはまだ声は掛からない・という。大家とこないだ話した内容をかいつまんで話す。
「そんなん、一千万ぐらいくれるんなら退くけど。いや借金返さなあかんから二千万やな」
 ま・そのう、それホンネと言えばホンネではあるけどさ。しかし、物事は中途ぱんつなレヴェルで決断を迫られることが多いってぇのが現実。
 えのもとに話を聞きにいこうと思い、店の外から中を窺うと、静かだった。ドアをゆっくりあけるとカウンターに突っ伏して寝ていた。起こすのかわいそうだったから、また次回・とドアをゆっくりと閉め、ミタキんとこへいく。あんまりあばれたらあかんで・ナチュラリーのおっちゃん。
posted by Dead End Dweller at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

DAY5

 デッドエンドストリート自体は何も変化はないのだが、そこへ至る道筋の廃墟化が気になってきた。「あき」のおかあさんにどうなってるが尋ねようと帰りに店のドアを開けると、知らないワカモノ男女のきたならしーのが、「本日開店でーす」かなんか言ってた。おいおい、一言ぐらい声かけてくれてもええやんか。「あき」側の路地がヤバい。東側は完全に包囲されてしまった。「えのもと」は一体どう考えているのか。一度飲みに行って話をしてみよう・と思う。
posted by Dead End Dweller at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

DAY4

 新御堂側からのデッドエンドストリートへの入り口手前、そこまで来た。「あん」というまだ5年ほどの店なのだが、退いた。そしてもう一本北の「ぜんざぶろう」。声が千日前の叩き売りのおっさんみたいなマスターのバー、退いた。きてるわ。
posted by Dead End Dweller at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

DAY 3

 確かに駒芳にも打診があったみたい。一つ北側の筋もどんどん店がなくなっていってるが、曾根崎コア再開発は「金がない」らしい。なんでも3軒集まって訴訟を起こすという話も聞いた。

 せっかく柵の修理も済んだのだから、そう簡単には思い通りにはならんよ。一部改装も考えてるんだから。
posted by Dead End Dweller at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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